<論説> 2011.9.21 大前 治 (弁護士・大阪弁護士9条の会)

大阪府教育基本条例(案)の問題点
――教育現場に「不当な支配」をもたらす危険性――

教育に反映されるべき「民意」とは?
 教育基本条例案には長大な「前文」があり、そこでは「教育に民意が十分に反映されてこなかった」、「これからは政治が教育に責任をもつ」と宣言しています。
 たしかに、少人数学級、学校給食、校舎の耐震補強などの教育環境整備を求める「民意」は反映されるべきです。これを無視してきたのが橋下知事を含む歴代知事と与党議員です。その反省は一切ありません。この条例がいう「民意の反映」とは、選挙で選ばれた知事や府議会が教育現場に介入するという意味です。しかも、教育環境整備ではなく教育内容や教員への支配統制が狙われているのです。

「民意」を口実とした教育内容への介入は許されない
 教育には政治的中立性が求められ、政治は教育内容に介入できません。政治家による教育の政治利用は許されないのです。第二次大戦時に政府が「お国のために死ぬこと」を教えた痛苦の反省から、教育基本法16条は「教育は不当な支配に服することなく行われるべき」と定めています。
 ところが条例案は、以下のように知事が教育内容に直接介入できる制度を定めています。

府立高校の教育目標は知事が決める
 条例案は、知事が「高等教育において府立高校が実現すべき目標」を設定すると定め、その目標を「規則」として法的効力をもたせています。教育委員会は、「知事が設定した目標」を実現する指針を校長に示す機関になり、完全に政治の影響下におかれます。知事の定めた目標を果たさない教育委員は罷免されます。

条例が掲げる「教育の基本理念」
 条例案は、以下の教育理念を掲げています。
(1) 個人の自由とともに規範意識を重んじる、個人の権利とともに義務を重んじる人材育成
(2) 他人への依存や責任転嫁をせず、競い合い、自己の責任で道を切り拓く人材育成
(3) 不正を許さず、弱者を助ける勇気と思いやりを持ち、自らが受けた恩恵を社会に還元できる人材育成
(4) 我が国及び郷土の伝統文化を深く理解し、愛国心及び郷土を愛する心に溢れ、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する人材育成
(5) グローバル化のもと、常に世界の動向を注視し、激化する国際競争に迅速に対応できる、世界標準で競争力の高い人材の育成

権利と自由より、義務と規範意識
 前記(1)は、「自由と権利」よりも「義務と規範」を重んじる規定といってよいでしょう。
 しかし、卒業生が社会でまず必要とするのは権利です。労働者の権利が侵害された劣悪な職場や、消費者の安全が阻害された社会実態に直面して、自己の権利を行使して身を守る、あるいは自由を勝ち取ることこそ必要なはずです。
 前記(2)は、「他人への依存や責任転嫁」を戒め、「競争と自己責任」の道を進むよう求めています。
助け合い支え合うという観点は皆無です。

行政や福祉は「恩恵」か
 前記(3)は、「受けた恩恵を社会に還元できる人材育成」を掲げます。しかし、教育や福祉行政を受けることは権利として保障されており、「恩恵」ではありません。行政の責務を放棄して、自己責任・競争社会を当然視する橋下知事は、行政を「恩恵」の施しと思っているようです。

愛国心、競争力、世界標準・・・
 前記(4)は、「愛国心」という言葉を掲げています。2006 年改正後の教育基本法が使う「我が国と
郷土を愛する」という言葉と比べても、極めて直接的な「愛国心教育」の宣言です。
 さらに(5)は、「世界標準で競争力の高い人材」の育成を定めています。強調性や連帯をはぐくむのではなく、「勝ち残り競争」に児童生徒を追いやる教育観が示されています。

上意下達の「学校経営」
 校長には幅広い決定権が与えられ、上意下達の体制になります。教員は校長の職務命令や「経営指針」に服し、違反者は処分されます。
 本来、教育とは人間的ふれあいのなかで教え育てる営みであり、教員が自主性・個性を発揮することが重要です。教師が協力しあい、悩みを語り合いながら教育実践を進める環境が不可欠です。教育の場に強制や監視統制はなじみません。
 悩みを打ち明けられずに抱え込み、過重負担やストレスで精神疾患になる教員が増えています。条例案はこれに追い打ちをかけるように、他の教員の支援を要する状況を「勤務実績不良」と位置付けて指導や警告の対象とします。これでは、教員はますます相談できず孤立していきます。

保護者、地域住民にも義務を課す
 条例案は、保護者が「学校運営への主体的な参画・関与」をするよう義務付けています。校長が絶対的権限をもつ学校運営への参画であり、校長の目標達成への協力を意味します。
 保護者が要望を述べる権利は保障されていません。あるのは発言の権利ではなく協力の義務です。しかも、「不当な態様で要求をしてはならない」と定められており、正当な意見を言いたくても委縮してしまいます。

地元有力者の意向による教科書推薦
 条例案は、校長が保護者や地域住民からなる「学校運営協議会」を全校に必ず設置し、教員の評価
や教科書の推薦を協議すると定めています。
 選出基準は定められていません。恣意的に選ばれた地元有力者の影響下で、教科書推薦や人事評価がなされる危険を排除できません。過去の戦争を美化する歴史教科書の採択が問題となっていますが、各校の協議会が教科書採択をめぐる政治的対立の場になるおそれもあります。
 なお法律上は、学校運営協議会は校長ではなく教育委員会が設置することになっており、しかも必ずしも設置しなくてよい任意的機関となっています(地方教育行政法47条の5)。現行法との矛盾抵触は明らかです。

学校の序列化と競争激化
 大阪府の公立高校は4学区(2006 年入試までは9学区)に分かれています。条例案は学区制を廃止して府下全域を通学域とします。これで学校間の偏差値による序列化と競争が一層進み、下位校に生徒が集まらなくなる可能性があります。
 それを見越したように、条例案は3年連続で入学定員割れになった高校は統廃合すると定めました。しかし、学校施設は府民の財産であり、すべての学校で地元に密着した充実した教育を実践できるよう環境整備するのが行政の責務です。意図的に競争を激化して学校統廃合に追い込むことは、教育本来の姿とかけ離れた異常な姿です。

橋下知事の教育介入に批判が
 こうした条例の内容に対して、批判が広がっています。教育評論家の尾木直樹氏は、「多数派が何でも決めるという政治の発想は、教育にはあてはまらない」と述べています(毎日新聞8月10日夕刊)。
 これまで橋下知事を支持してきた人たちからも、「教員の不祥事が多いというけど、我が子の通学校の先生は真面目で、こんな条例が必要とは思わない」などの声も出ています。

この条例は「最高規範」だというが・・・
 本条例案には、「この条例は、府の教育に関する最高規範であって、この条例に反する一切の府における条例、規則、要綱、指針等は無効である」との条項があります。
 そもそも条例は、現行の憲法や法律の範囲内で、これに適合するよう運用されなければなりません。憲法と法律に反する条例は無効なのです。
 わが国の最高規範は憲法です。憲法が最高規範とされる実質的根拠は、憲法が人権保障を内容とする規範である点に求められます。これに対し本条例案は、人権保障を内容とするものではなく、むしろ教員の人権を著しく制約して管理統制に服せしめるというものです。このような条例が最高規範とされるべき実質的根拠はありません。
 問題点の多い「教育基本条例」です。大阪府で可決成立してしまうと、全国へ同様の条例が波及してしまうおそれがあります。府民の間に、この条例の問題点を広げて、撤回・廃案を目指して努力する所存です。

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 なお、教育基本条例への全面的批判についての、より詳しい内容は、下記のホームページにも掲載しています。
http://osakanet.web.fc2.com/kyoikujorei2.html