<論説> 2011.9.21 石山 久男 (憲法会議代表幹事)
「つくる会」系教科書と憲法改悪の策動
来年度から使用される中学教科書として、「新しい歴史教科書をつくる会」系の社会科歴史と公民教科書が各2冊(従来の扶桑社版を継いだ育鵬社版と09
年から新規参入した自由社版)、文科省の検定に合格し、各地域・学校での採択が確定した。両社とも、歴史では日本国憲法の原点であるはずの侵略戦争と天皇制への反省をないがしろにする。公民では日本国憲法を敵視し、基本的人権の尊重ではなく人権が国家によって制限されるのが当然と教える。自衛隊と日米安保体制を平和の守り手として無条件に賛美し、あげくのはてに憲法改悪の必要を教えこむという憲法違反の教科書である。その採択を許さない運動が各地で展開され、2005年以来扶桑社版歴史を採択してきた杉並区で、ついに「つくる会」系を不採択にする快挙を成し遂げた。また自由社版はほぼ全滅させることができた。
しかし育鵬社版は、東京、神奈川、埼玉、栃木、大阪、広島、山口、島根、香川、愛媛の市町村立11 採択地区(全582 採択地区中の1.9%)と都県立中学および特別支援学校、私立学校をあわせて、歴史が約350
校、約45,000 冊、公民が約360 校、約48,000 冊が採択された。その結果、歴史の採択率は、現在の扶桑社・自由社をあわせた1.7%から3.7%程度に、公民は0.4%から4.1%程度に伸びた。伸びたとはいっても採択地区でみると98%の地域では不採択となっており、冊数でも採算ラインには到底とどかない少数にとどめた。
だが、なぜこれだけ伸びたのかについては、今後のためにも分析しておく必要がある。
第一は、いままで多少なりとも批判的報道を行ってきたマスコミが、今回はほとんど報道せず、危険な教科書が出ていること自体が多くの国民に知らされない状況におかれたことである。いま大連立から改憲へ導く大きな政治的流れにマスコミがとりこまれたことのあらわれでもあるだろう。こうした状況をうちやぶるために、パンフレットの普及や新聞意見広告などにもとりくんだが、力がおよばなかった。
第二に、改憲推進の自民党と日本会議が、「つくる会」系教科書採択運動の前面に出てきた。自民党は昨年末以来4回にわたって各県連への文書を発し、「今夏の教科書採択は死活的に重要」「このままでは新・教育基本法は死文化する」と訴えている。その結果、各地方議会での決議などが一定程度進むとともに、首長や教育長、教育委員と結んで水面下で教育委員の多数派工作が行われた。その動きを察知できなかったところも多く、予想外の育鵬社版採択となった地域がいくつかある。
沖縄県八重山地区はいろいろな意味で典型的である。新防衛大綱で自衛隊の南西諸島配備の強化が企てられているが、その最前線が八重山である。自衛隊誘致派の石垣市長、与那国町長が任命した教育長がいる八重山地区で、育鵬社公民の安保・自衛隊賛美論を子どもたちから浸透させ自衛隊の支持基盤を強めることをねらって、彼らは力を集中したのではないか。そのために採択手続きや委員の人選を勝手に変えるなどの無理無法を重ね、採択地区協議会で育鵬社公民の採択を決め、押し通そうとした。
しかし教科書を各地域で選ぶ意味は、地域の課題、住民の願いに根ざした教育を進めるところにある。地元紙『琉球新報』は、採択の最終盤で八重山住民の世論調査を行った。八重山地域の課題として経済活性化、子育て支援と福祉をあげた人が72%、社会科教科書で大切にしてほしいのは平和教育と基本的人権が73%と出た。そして育鵬社採択に反対が61%。最後の教育委員協会の会議が開かれる日の前日、『琉球新報』は〈6割「つくる会」系反対〉を大見出しにした1面トップから5頁にわたって世論調査結果を報道し、地域住民の願いがどこにあるかをみごとに示してくれた。こうして育鵬社採択は撤回された。地域住民の願いに根ざす教育のために教科書を選ぶのだということを、市民のなかに広く明らかにしたことの意義は大きい。全国がここから学ぶべきではないか。
|