論説 2010.11.22 小沢隆一(東京慈恵会医科大学教授)

「新安保懇」報告・平成22年度版防衛白書にみる
民主党政権の安保・防衛政策の危険な内容


今年の2月16日に鳩山由起夫首相(当時)の私的諮問機関として設置された「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」は、8月27日、報告書「新たな時代における日本の安全保障と防衛力の将来構想」(以下「新安保懇報告」と略称)を菅直人首相に対して提出しました。この報告書は、この9月に出された民主党政権として初の防衛白書、「平成22年版防衛白書」では、「今後、政府として検討材料の一つとしつつ、16大綱(2004年に策定された「防衛計画の大綱」のこと)の見直しが進められることになる」という重要な位置づけが与えられています。では一体、何を「見直す」のでしょう。

民主党政権は、今年の防衛白書の公表時期を8月から9月にずらしましたが、これによって「白書」は、報告書の中身を踏まえたものになりました。これら白書や報告書の中身からは、平和志向からの近隣諸国への配慮はうかがえません。これらは、従来の自民党政権時代の安保・防衛政策を基本的には引き継ぎつつ、同時に「政権交代という歴史的転換」を格好の口実にして、歴代の自民党政権がしたくてもできなかった自衛隊の一層の海外出動、9条のさらなる解釈改憲、武器の生産・輸出の拡大へと踏み出そうとしています。こんな安保・防衛政策では、国民としては、「いったい何のための政権交代だったのか」を厳しく問わざるをえません。

以下、新安保懇報告の主な柱を紹介します。報告書は、日本が「受動的な平和国家」から「能動的な『平和創造国家』」に成長することを提唱していますが、その主眼は、軍事面で国際的な役割を拡大・強化することに置かれています。経済や文化、教育、福祉、医療などの分野での平和創造への貢献が強調されているわけではありません。むしろ、武器輸出三原則を見直して「防衛装備協力」や「防衛援助」を進めることも「平和創造国家」になるための有効な「手段」だとされており、これには開いた口がふさがりません。こうした財界要求への露骨な迎合を「能動的な『平和創造国家』」だとするのは、新安保懇報告が独自に編み出した「新手のロジック」といえるでしょう。もっとも、こうしたロジックを使わざるをえないほどに、財界サイドの「自衛隊の装備の受注にのみ頼っていたのでは、日本の防衛産業は生き残れない」という問題意識は深刻であることは確認しておく必要でしょう。

また、報告書は、自民党政権時代につくられた「基盤的防衛力」概念は有効性を失ったとして、特殊部隊・テロ・サイバー攻撃、周辺海・空域や離島の安全確保、海外の邦人救出、日本周辺の有事などを含み込んだ「多様な事態」が「同時・複合的に生起する『複合事態』も想定した防衛体制」への改編を主張していますが、ありとあらゆる「脅威」を強引に自衛隊の増強、とりわけ海外に出動する能力の向上に結びつけようとしています。「基盤的防衛力」構想は、1970年代半ば以降唱えられているものですが、これは、自衛隊設立以来の一貫した基本理念である「専守防衛」という概念とも密接に関わる考え方です。それを、今、「見直す」(=放棄する)というのですから、これは自衛隊の基本性格の変更を意味します。

さらに、報告書は、日米安保体制をより一層円滑に機能させていくために、例えば日本防衛事態に至る前の段階での米艦の防護や米国領土に向かう弾道ミサイルの迎撃などのために、自衛権行使に関する従来の政府の憲法解釈の再検討を求めており、国際平和協力活動に関する基本法的な恒久法(いわゆる自衛隊派兵恒久法)を持つことがきわめて重要とも述べています。これらは、明文改憲路線を声高に唱えた自民党の安倍晋三内閣以来の政府・防衛省の「悲願」であり、この点では、民主党政権の路線も何ら異ならないことを如実に示すものです。

報告書や今年の防衛白書が示すものは、民主党政権の安保・防衛政策の、日米安保を絶対視する対米屈従と軍事生産に固執する大企業いいなりという本質です。しかし、国際平和を真に希求するのであれば、軍事同盟からの脱却が、国民生活の擁護のためには、軍事予算の削減と民生部門予算の増額による経済・財政再建こそが避けられないはずです。